Takefumi (ON.co)
9/17 TABLE MANNERS!@ UNDERLOUNGE
TABLE MANNERS! [JUSE + KING-HISATO] TSUKAMOTO
GUEST:DARUMA
9/23 we love music@mother hall
JOSH DAVIS aka DJ SHADOW / KEB DARGE / Dante Carfagna / ELECTRIC INDIGO / STEVE RACHMAD / MARCO PASSARINI / BLACK BEATZ BOX CREW / ACTIVAIA [MUKAI & FUJIMO] JUSE
「こうやっても僕だ」っていう所もまだあるし、「ここをやっても僕だ」っていう所 もまだあるし。
毎回関西の音楽関係者に音楽のと出会いから現在に至るまでをじっくり聞いていくこ のコーナー。今回は前回トライアングル芳岡氏からの紹介で大阪堀江にあるアパレル ショップ“クレオパトラ”を運営し、自ら“Table Manners”等のイベントをプロデュース するTakefumiさんに話を聞いてきました。ちなみに今秋の最注目イベントJOSH DAVIS a.k.a DJ SHADOWの来阪による“we love music”をプロデュースするのもこの人。ファッ ションと音楽に“愛”を注ぎ続ける彼のこれまでの人生を紐解いていく。
★ではまず音楽との出会いから教えていただけますか?
田中(以下T):まず中学とかになると思うんですけど、若い頃から兄とか姉が買ってきたモノを聴いてたんですね。小学の時はチェッカーズのファンでした。その後マイケルジャクソンかな。マイケルジャクソンを聴いて、それからパンクを聴いてましたよね。
★パンクとの出会いはどういった感じだったんですか?
T:やっぱりブルーハーツですよね。
★ああ。それは大きいですね。
T:僕とか今年30だし。ブルーハーツを聴いたのがリアルタイムでちょうど中学生くらいだった。それでブルーハーツ聴いてたんだけど、高校,大学の時に知り合った先輩がたまたまレゲエのシンガーをやってたんです。大学の時には周りに音楽をやってた人も多かったし。それもなぜかレゲエやってる人が多かったんですね。
★じゃあ大学からレゲエも聴いてたんですか?
T:レゲエを聴いてる子が多かったんですけど、僕は実はそんなにレゲエは好きじゃなかったんですよ。元々僕の場合は中学の時にパンクを聴いてて。それでヴィヴィヴァンの洋服買ったり、やっぱりファッションが好きだったからね。今振り返って思うのは、僕ってカルチャーオタクな所があるんですよね。今やってる仕事もそうなんだけど、カルチャーってのが好きなんですね。だから不良の一環でパンクの洋服着て、ヤンキーって呼ばれる人種よりはパンクの音楽を聴いて大人に反抗してましたね(笑)。大学の頃にはエイフェックスとかも聴いてました。
★ああ、なるほど。
T:エイフェックスとか好きになって。その時とかは本当にただの遊び人で。いろんな悪いことしながら。時代もまだ2000年に行ってなかったし、ノストラダムスの予言とかあったじゃないですか(笑)
★終末予言ですね(笑)
T:そういう時にエイフェックスのような音楽って、今聴くとそんなにリアリティーは無いんだけど、でもその時代にはそういう思想とかね、今みたいにインターネットも広がってなかったし。例えばマトリックスみたいな映画に全然リアリティーが無かった時代にそういう世界観が来ることに親指立ててた若者でしたね(笑)
★(笑)つまり周りはレゲエとかを聴いてたけど・・・
T:レゲエも聴いてましたよ。今でもやってる友達もいるし。自然と音楽はありましたね。今って、まだデジタルミュージックも始まって10年ちょっととかしか歴史が無いじゃないですか。僕以外のインタビューを受けてる方っていうのは多分リアルタイムにこの業界って言うか、クラブ業界が作られてる一番最初の時から参加してらっしゃる方達がほとんどだと思うんですよ。僕の場合はオーディエンスと言うか、カスタマーとしてクラブっていうものが誕生してからの人間だから。大阪だってフリーダムであったり、YOKUさんであったり、色々みなさん昔からやってる人もいっぱいいるでしょ?でもその人達と比べたら僕はカスタマーですから。遊びに行ってた側なんで。そんなに自分はこの業界を作り上げてきた、って思ってる人間じゃないし。もちろん音楽を音楽としてエンジョイしてた時間は僕の人生の中で膨大な時間だと思うんですけど、でも僕はまだ自分自身の音楽をプロデュース始めた人生ではまだ知らないことばっかりだし、マンネリもしてないし。次の自分の路線もまだ決まってなくて。「こうやっても僕だ」っていう所もまだあるし、「ここをやっても僕だ」っていう所もまだあるし。
★そうですか。ではすこし整理すると、中学の時にパンクを聴いてて、パンクのファッションに身を包んで。
T:その頃は僕はただのオーディエンスで・・・。自分自身は車の中で大音量でエイフェックスやダフトパンクかけて高速道路飛ばしてるかんじでしたねー(笑)
★(笑)で、音楽を聴いて、クラブに遊びに行って、その中で培ってきた感じですね。
T:うん。自分自身が音楽をやってみようと思ったのは、ニューヨークに住んでたからかなー。
★それはいつ頃ですか?
T:大学卒業してから28歳くらいまでですね。だから今日本に帰ってきて2年経ったくらい。帰ってきてすぐにクレオパトラっていう洋服屋をオープンして。
★ニューヨークでは何をされてたんですか?
T:その頃ってトランスが流行ってた時期だったんですね。その頃に結構30〜40くらいの国のレイヴに行ってましたね。ひたすらね。
★ニューヨークをベースにですか?
T:そうですね。でもサンフランシスコにも1年くらい住んでたし。サンフランシスコにはもっと若い頃にホームステイで行ってたりもしたし。そこでいろんな音楽に出会いました。
★なるほど。
T:日本に帰ってきた時にね、その時に感じたんだけど、日本には何も無かったんですよ。それは日本に帰ってきて、少々テングになってた所もあったのかも知れないけど、例えばニューヨークのブロンクスのヒップホップのパーティーに行ったり、ロンドンのファブリックとか遊んでたりして感じたんだけど、日本のシーンって海外の真似事をどれだけクオリティー高く表現するか、っていう所に力を注いでる結果の上に成り立ってる音楽シーンしか無いのかな、って。もちろん今は考え方も変わりましたけど。でもそれは自分がイベントのプロデュースを何度も何度もして行く中でたくさん学ぶこともあったから・・・。今はヒップホップやってる人達の実力も知ってますし。ヒップホップのイベントをやってる箱のプロデューサーの方、ブッキングの方、責任者の方、普段から話して一緒に色々作って行こう、って思ってるから、今はそこまで極論では考えてないけどね。
★はい。
T:でも海外から帰ってきて初めに感じたのはそれだったんです。"コピー"っていう程でも無いんだけど、どれだけ海外のカルチャーのノリをそのまま出来るからどうだ!!みたいなね。そういうイベント、そういうパーティー、そういうレーベルこそ人が入ってたし。もちろん人が入ってるっていうことが正解では無いとは思うんですけどね。人が入ってるからかっこいい、っていうのは違うとは思うんだけど。やっぱり同じことをやるなら人が入ってる方がいいじゃないですか。楽しいですもんね、たくさん人がいれば。帰って来た時は本当にそう思いましたね。
★そうなんですね。
T:僕はその時はミーハーだから80'sがカムバックしてきた感じの音楽・・・あの時はファッションからそのムーブメントが起こったんだけど、今はエレクトロクラッシュ,エレクトロパンクってジャンルで呼ばれてるみたいだけど、そういう音楽をやってましたね。ニューヨークから帰ってきてすぐだったのにいきなり凄く大きくて、いきなり海外のアーティストの日本のツアーだったんです。
★それはニューヨークの時に知り合った方ですか?
T:ロンドンにいた時の友達ですね。ロンドンで"nag nag nag"っていうエレクトロクラッシュのパーティーがあったんです。今もあると思うけど。そのパーティーによく遊びに行ってたんです。それが出始めた時はものすごく面白い雰囲気があったんです。そのイベントに普通にミーシャが遊びに来てたりしてたパーティーだったんですけど。で、そこの人達が話を持ってきてくれたんです。
★なるほど。
T:その当時の僕の持論なんですけど、エレクトロクラッシュのような音楽ってファッションが無いと表現できないなと思ってたんです。音楽屋さんが音楽だけをプロデュースするっていうのは・・・そこにファッションやってる人間が協力するのであればそれは成り立つと思うんだけど。80'sが出た時って本当にバブリーな音楽だったし、そこにきらびやかなファッションっていうものがあった。そこで自分は洋服好きだったから一番最初にそこをプロデュースしたかったんですね。東京でファブリック、大阪でトライアングル。その後トレバージャクソンをやったり、いろんなアーティストをやったりしてるうちにイベントプロデュースをするようになりました。だから僕はオーガナイザーじゃないんです。自分ではプロデュース業だと思ってるから。タイムスケジュールも一度も組んだことがないし、細かいDJのセッティングとかも周りにいる人達がやってくれるんで。実は何もやってないんです(笑)
★(笑)大枠でプロデュースしてるんですね。
T:うん。大枠でこのメンバーとこのメンバーとこのメンバーを集めてこんなことしようよ!!って言ってるだけで、全部みんなにやってもらってて、それで許されてる自分がいるから。みんなにすごい感謝してるし。逆に自分が一番考えないと駄目なのが、オーディエンスやカスタマーのテンションを保ったままで音楽に携わってる、っていう立場だと思うんです。若い子達が始めたばかりのイベントだったら、そういうカスタマーの気持ちを持ったままの子もいると思うんですけどね。僕くらいの規模まで大きくなったのにそういう人ってそんなにいないと思うんですね。何もしない客、っていう視点の人って。東京に行けば人が多いからいるかも知れないけど、大阪だったらそんなにいないと思います。
★そうなんですね。
T:自分は永遠にそういう立場っていうかそういうスピリッツっていうか、そういうものを大事にしたいし。そういう感覚で作っていきたいですね。いつまでもフレッシュな気持ちでいつづけたい!元々小さいイベントを自分でやってる時期があって。
★大阪のクラブですか?
T:そう。トライアングル、アンダーラウンジ。今レギュラーでやってるのはアンダーラウンジのテーブルマナーっていうイベント。トライアングルでも時々やりますね。大阪はその2個かな。あとはアフリカっていう所でたまにやってみたり。僕だけじゃなくて何人か一緒にやってて。会社っていう組織は今の音楽業界じゃナンセンスじゃないですか。もっと小さい組織で動くべきだから。僕達の場合は一緒に仕事をやってても立場がドンドン変わってて、今回は大阪でやる、っていう時もあれば、日本ツアーをすることもあるし。海外から振られるだけであとは全部僕がやることもあるし。後は東京の六本木ヒルズでお手伝いしたり、洋服屋のつながりで一緒にやったり。
★いろいろやっておられるんですね。
パンクやファッションに興味を持った少年は数々の国でのパーティーを経て日本にて 洋服屋をオープンさせました。後半ではイベントプロデュースに対する意気込み、そ して注目のwe love musicの話も聞いていきます。ご期待有れ。