NAPPIE

NAPPIE
http://www.nappiethang.com
下記のイラスト・デザインの制作を承っております。
■ mix tape・mix CD jacket
■ 似顔絵つき名刺
■ ロゴ・キャラクター
■ 店舗看板・ポスター
■ イベントフライヤー・広告
■ ウェブサイトの イラストカット
でもいつかは、やったろかと思ってました(笑)
毎回関西の音楽関係者に音楽との出会いから現在に至るまでをじっくり聞いていくこのコーナー。ウェブサイトでのみイラストの依頼を受け付けるというや り方で、これまで多くのフライヤー、テープジャケット、ステッカー等を手掛けてきたNAPPIEさん。そう、R&B好きなら一度は手にしたことがある、DJ Daddykayのミックステープのジャケットを手掛けた方です! 平日は行政書士の旦那さまをサポートする良妻ながらも、笑う様がなんともファン キーなNAPPIEさん。彼女が渾身の思いを込めて作ったホームページ「NAPPIE THANG」は、これまで手掛けてきたイラストや、独自の切り口で紹介される音楽、映画、そしてアフロ・アフリカンの苦難の歴史など、黒人文化に造詣 を深めた彼女ならではの見所が満載です。悩める若きクリエーターのみなさん、数々の逆境を乗り越えてきた彼女の生き様に触れてみるのはいかがかな?
★まず音楽との出会いについてお話を聞かせてもらえますか? ブラック・ミュージックにハマる以前とか。
NAPPIE(以下N):うーん...。ピンクレディ?
★その時代ですか!!?
N:(ピンクレディの曲で)歌ったり踊ったり、親戚中で人気者、みたいな感じでした(笑)。
★それはいつ頃ですか?
N:幼稚園かな。その幼稚園が音楽や体育とかに力を入れてる所で、もちろん絵の方もそんな感じやって、それの影響もあるんか知らんけど、音楽と絵を描くことは知らずに楽しんでるみたいな風になってました。
★その頃から自然と覚えるようになったんですね。
N:そう。で、洋楽にハマったのが英語習ってからかな。その前に日本のバンドの人で、その人のバックグラウンドを見たりしてレッド・ツェッペリンとかジャニス・ジョップリンとかビートルズとか、そんなんを聴いてました。
★なるほど。ブラック・ミュージックに傾倒していったのもその時期なんですか?
N:「ダンス甲子園」が高校の時にあったり、ユーロ・ビートがその手前に流行ったり、ユーロ・ビートでも黒人さんがおったりするんやけど、その当時観た『遠い夜明け』(※ケヴィン・クライン、デンゼル・ワシントンらが出演)っていう映画で黒人を気になって、それから(ブラック・ミュージックを)聴くようになったかな。
★映画にも影響されて、って感じなんですね。
N:そう。後は、ダンス甲子園でLLブラザーズが使ってた曲は何やろ?って思って調べたり。ランDMCも聴いてました。
★僕がダンス甲子園を見てたのは、多分小学生の4、5年ぐらいやったと思います。
N:(爆笑!!)。そっかぁ! 私が見てたのは高校の頃やから真っ盛りで、弟と一緒に踊ったりとかしてましたね。その頃ちょうどレンタル屋さんとかができて、カセットテープがどんどん増えていきました。
★大学に入られてからも聴いてるものって、ブラック・ミュージックが多かったですか?
N:うん。大学の時はハマってた。
★ヒップホップやR&B、レゲエですか?
N:そうそう。レゲエは流行ってたのもあってよく聴いてましたね。通学前に『NEW JACK CITY』(※ウェズリー・スナイプス、アイス・Tらが出演)のサントラとかよう聴いてました。カラー・ミー・バッドとか。あたしがアメリカで一年間留学してたときは丁度スヌープ・ドッグやDrドレーなんかのウエスト・コースト全盛の時期で、93年頃ですね。
★留学されたワシントン州立大学はどういうところでしたか?
N:田舎でしたね。周りが小麦畑ばっかりみたいな。シアトルから車で約5時間ぐらい内地の方に行くような所で、隣のアイダホの方が近いって感じで。雪が多くてめっちゃ寒いです。
★NAPPIE THANGのintroductionで「黒人歴史101やアメリカ近代歴史の授業でAをもらう」って書いてありましたが、大学で黒人の歴史を学んでたことは今イラストを描いている時に生かされていると感じることはありますか?
N:絵を描く時に直接的にはないと思うんですけど、例えば黒人さんと喋ったりして、雰囲気とか、生活の匂いとかを感じやすくなるし、向こうもそれを感じてくれてるので、精神的な面で役立ってるのはあると思います。
★目に見えない部分でインスパイアされてるんですね。
N:そう。で、例えば(アメリカの歴史上で黒人の)有名な人を描いたりすると、向こうの人も喜んでくれるし、話のネタにもなるし、全部わかってるわけではないけど、コミュニケーションをとりやすくなりますね。

★向こうの生活で言葉で困ったことはなかったですか?
N:最初はめちゃ困りました。外大行ってるくせに英会話学校に行ってないから、喋れないです、ホンマ(笑)。外人の友達がおったわけでもないし。スーパーで買い物するんでも最初の一週間はすごい嫌やったです。買い方もわかんし。ほんで飛行機も乗ったことなかったですし(笑)。でも、だいたい一ヶ月もしないうちに嫌とは思わなくなりましたけどね。ルームメイトも強制的に決まって、白人の人でしたけど。
★最初の頃は授業はどうでしたか? 辛かったですか?
N:辛いです(笑)。最初はみんなが受けてるクラスじゃなくて留学生向けのクラスを受けてたけど、日本の大学ではあんまり無かったペーパーやスピーチやディベートが、そこの大学は多かったし。でも寮にいてたから、恥ずかしがらんと分からないことがあっても「何言うてんの?」って聞いたら、(寮の友達は)ちゃんと説明してくれましたね。そこで知ったかして、「うんうん」って言ってたらねぇー・・・
★後で痛い目をみますね(笑)。
N:そう。だからわからんことは聞いた方がいいと思うし、聞いたら相手も教えてくれますし。
★向こうのクラブはどんな感じでしたか?
N:あたしがおった所は田舎で学生ばっかりやから、そこの学生がDJやってるって感じで。今と一緒やと思うんですけど、ヒップホップだけかかる日があったりとか、レゲエであったりとか。ロック系もあったり。そういうのを日替わりでやってましたね。
★その当時流行ってる曲がかかってるって感じですか?
N:うん。あんまりコアではないです。MTVでかかってるような曲が多かったかな。その頃大学のラジオを手伝ってて、ラジオをやってたのは前の彼氏やったんですけど(笑)。よくしてもらってる黒人のおっちゃんがその町に住んでて、その大学のラジオ番組をやってたんでそれに誘われて手伝いとかしてました。
★日本のクラブやと、普通は夜中の10時ぐらいから朝方の5時っていうのが多いんですけど、向こうのクラブは時間帯とかはどういう感じでしたか?
N:2時頃までやったかな? 朝5時とかはなかったですね。
★大学行ってた時期で一番印象に残っていることってありますか? 音楽に関係なくてもいいんですけど。
N:やっぱり、留学したことかな。そのために大学行ったようなもんやし。高校の時からずっと企んでたんで(笑)。留学は実際は中学の時から思ってて、親にほのめかしたりしたけど、そんなに裕福でもなかったし、ほんなら大学行きながらやったら行かせてくれるかなー、って思ってました。
★結構、計画的ですね(笑)。
N:そう。絵を描くにしてもそう。ホンマは芸大行きたかったんですよ。高校も工芸高校とかが唯一デザイン系やったから行きたかったんですけど、親にそれを言ってもダメやったから、ほんなら二番目に好きな英語を選んで。でもいつかは、やったろかと思ってました(笑)。
焼肉には目がないNAPPIEさん。後半も饒舌に語ってくれてます。乞うご期待。