吉澤はじめ
吉澤はじめ

『Echo from Another Side of the universe』
/吉澤はじめ(GENEON)
GNCL1065
now on sale/¥3,150
吉澤はじめ
1965年東京生まれ。
3歳よりピアノを始め、1990年単身ニューヨークに乗り込みジャズの本場‘ブルー・ノート’のアフターアワーズのピアニストとして活躍する。当時のブルー・ノートでは初のピアニストとして注目され、地場のジャズ・ファンの間で評判になった。1970〜80年代前半にフージョン・シーンで一世を風靡したWeatherReportのドラマーである吉澤の叔父であるPeterErskineと共にデビュー・ソロアルバム『HAJIME』制作、1991年イギリスからリリースされる。
海外での活躍を通し育まれた吉澤のキーボード・プレイヤーとしての才能とプロデューサーとしてのセンスは日本帰国後も評価され、Mondo GrossoやCOSMIC VILLAGEへの参加を経て、現在はSLEEP WALKERにメンバーとして活動中。
また、キーボーディストとして、ORGAN LAMGUAGE、bird、CHARA、MONDAY満ちる等の作品に参加、プロデューサーとしてKYOTO JAZZ MASSIVE、Aco、キタキマユの楽曲等数々の作品を手掛けている。国内の著名なアーティストとのコラボレーションを精力的に行いながらも、あえて吉澤は音楽活動の主軸をヨーロッパに置き、その結果フーチャージャズ・シーンで最も有名な日本人クリエイター兼キーボーディストとなった。
最近ではヨーロッパのジャズ・シーンをリードするJazzanovaへの参加、Dego(4Hero)とのremixやライブでの共演でもその実力は高い評価を得ている。元来吉澤が持ち合わせた伝統的なジャズ、フージョンのマナーとシーンの最前線とリンクしたその先進的なサウンドの融合は唯一無二のオリジナリティーを持ち、世界中のDJやミュージシャンから絶大な指示を集めている
2000年には『Violet Lounge』を、2002年には自身の名前をタイトルにした『Hajime Yoshizawa』をリリース、Nina Mirandaをフィーチャーした「I am with you」はクラブ・シーンでの大ヒットと同時にTVCM曲としても幅広い層の心をつかんだ。
日本人の琴線に触れるメロディー・メーカーにして、世界のダンスフロアーをグルーヴさせるという奇跡を起こした男。それが吉澤はじめなのだ。
僕を構成する細胞と、それ以外のリミキサー一人ひとりの細胞との有機的なふれあい
『Echo from Another Side of the universe』のリリースで、クラブミュージック・シーンに地殻変動が起きる――。
最近、歯ごたえのないリミックスが出回り、中には悩ましいリスナーもいてるのではないだろうか。この背景として考えられるのが、ツールとして用いる機器類は一般化したものの、そこから産み出される作品に奥行きをもたらすアーティストのセンスが貧弱なのではないか、というものだ。このことが、クラブ・カルチャー初心者でも物足りなさを感じたり、また従来のファンにしてみれば暖簾に腕押しなる感触をもたらしているように思う。このような現状を、もはや古きものとして捉え、作成されたのが今作だ。
“子供たち(=リミックス作品)”の変化をめぐって、“親”はどのような心境なのか。メール・インタビューにて、細やかに語っていただいた。
―これまで、被リミックス作品に関しては、12インチや他者のコンピレーションに収録されてのリリースでした。今回、このような大々的なリミックス・アルバムの発表に至った経緯を教えてください。
吉澤はじめ(以下Y):以前にもリミックス・アルバムをつくる話はありました。しかし、単純に言えばやっとそんなアイデアをジェネオン(レコード会社)が実現してくれた、ということです。ちなみにこれは画期的なことだと思います。
―ジャズは派生し、多様化しています。そしてそれらに距離が生じていることを憂慮されていた吉澤さんですが、そんなシーンへの回答が前作だったのではないですか。そして、そのリミックス=今作は、ますますジャズの可能性の拡大を提示できる大作だと感じましたが、いかがですか。
Y:ジャズという音楽ジャンルが確立されてから、まだそこそこ100年足らずです。しかし、一部の怠慢なメディアやアーティスト達によって、この偉大な文化は風化しつつある、と僕は思っています。おっしゃる通り、ここ数10年、ジャズはあらゆるジャンルのエッセンスをどん欲に取り入れた結果、その根幹にあるべきソウルやエネルギーといったものを軽視する傾向にあると思います。一方、これは目にしたことがない人間でなければわかりませんが、スノッブなジャズ・メディアの連中からクラブ・ジャズとひとことで嘲笑されるその現場で、いかに重要な出来事が起こっているか、ということを僕は身をもって肌で感じてきました。ジャズという音楽にはまだ無限の可能性がひろがっていると思います。そして、その一つの出発点が前作です。今作は、その波紋が一回世界のふちまでいってどう戻ってきたか、ということだと思っています。この一連の作業は、イコールわれわれジャズ革命家たちのシュプレヒコールだと思っています。
―常に第一線でご活躍されてきた吉澤さんにしてみれば、風化させる元凶であるとご指摘されたメディアやアーティストは、現場主義から外れているということでしょうか。
Y:評論家にせよ、ライターにせよ、アーティストにせよ、常に前を向いて進んでいこうとしている有能な人材はたくさんいると思います。しかし、メディア側の現実問題としてそれを大きく取りあげて一つのムーブメントにまで発展させる状況にはないように思います。アーティストも含め、つまらない商業主義や権威主義にこだわっているうちはなかなかこの状況を打開できないような気がします。まずはおっしゃるように、ジャズ評論家を名乗るような人たちが、ライブ・ハウスはもちろんのこと、クラブなどの“現場”にも積極的に足を踏み入れていくことが第一歩になるのではないでしょうか?
―前作はソロ・アルバムにして、多彩なフィーチャリングによる三人称な世界観がありました。それがリミックスされたということは、三人称が変化して、別の人格になって、さらに……どのように表現すればよいでしょうか。
Y:前の質問の答と重複するかもしれませんが、僕は”ぼく”という一人称のエゴを完結するために音楽をやっているのではありません。もちろん、近い将来にソロ・ピアノの作品や一人多重の作品を発表することもあるかも知れません。しかし、仮にそんな作品を作ったとしても、そこには僕以外のさまざまな要素が複雑に絡み合って、むしろ僕という一個人をこえて社会に産み落とされるのだ、と感じています。今回の作品は、あくまでもHAJIME YOSHIZAWA名義ですが、その成り立ちは、僕を構成する細胞と、それ以外のリミキサー一人一人の細胞との有機的なふれあいによるものだと思っています。
―リミックスは、クラブ・シーンにおいて代表的な文化とみなされることが多いと思います。ただ内実はというと、BPMをいじっただけやソロを付加することに終始する、といった産物が目立ちます。これは、リミキサーに必要な素養の両輪=詩的な感性と、実際に機器を操るスキルのいずれかが欠如しているからでしょうか。もしくは、もっとほかに理由があるのでしょうか。このような疑問を抱くなかで、本アルバムに携わられたリミキサーの方々には素晴らしいセンスを感じましたが、いかがですか。
Y:このアルバムに携わったリミキサーに関して端的に言えば、経験と才能、そして楽曲に対する理解、の三つがそなわったアーティストだということです。これから、このたぐいの音楽が生き残るためにも、より深い知識を持ちながら、その一切を捨てる勇気と、自分の感性に正直な優れたアーティストが次々に育ってゆくことが大事だと思います。
―経験・才能・楽曲への理解という三点を会得しているリミキサーの人選は、吉澤さんによるものなのですか。
Y:基本的には僕が選びましたが、DJ Kawasakiに関しては、KJMの沖野修也からの推薦を受けました。彼のトラックを何曲か聴いて決めたのですが、特にKJMの「Endless Flight」のリミックスは秀逸でした。
後半へ続く。(後半は6/20アップ予定です。)